Jul 27, 2011

家庭教師のアルバイトをした

家庭教師のアルバイトは本当に時給良いです。家庭教師の利点は、それだけではないことである。家庭教師に行くと、どの家でも、必ずおやつが出てくる。そこで家庭教師のアルバイトをしている間に、自分は太っている。ただ、教えている子供の成績が上がらない場合、それは圧力になってしまうのだ。家庭教師も一長一短だ。
中学時代に通っていた塾塾講師は本当に素晴らしい人でした。その男は、女性の方々、本当にきれいで、そして笑顔が本当にかわいい方でした。もちろん、塾講師もいい人でした。私が最後まできちんと理解するまで時間をかけて分かりやすく、そして静かに教えていただきました。同じ女性としても本当に憧れの塾講師でした。
【マニアック街道】

 手塚治虫や赤塚不二夫、藤子不二雄ら人気漫画家が住んでいたことで知られる「トキワ荘」。東京都豊島区にあったこのアパートとその周辺を紹介する地図ができた。地図は豊島区のホームページ(http://www.city.toshima.lg.jp/)から入ってダウンロードしてください。

[フォト]記念碑「トキワ荘のヒーローたち」

 ということで巨匠たちが若いころ、夢を語って過ごした場所を、地図を手に歩いてみた。この地図をダウンロードしてから読んでもらうと分かりやすいです。

 このあたりへ行くのに、一番分かりやすいのは西武池袋線椎名町駅で降りて、山手通りの南長崎1丁目交差点を右折し、目白通りへ入るコースだろう。

 地図によると、この交差点にはトキワ荘の漫画家たちが通った「エデン」という音楽喫茶があったという。

 音楽喫茶を知らない皆さんに説明すると、まだ、iPodもウオークマンもない時代、ステレオもない学生などは音楽を聴こうと思うと、こういう所へ行ったのだ。(あえていうと、私の学生時代はもうウオークマンがあったからね。カセットだけど)

 クラシックレコードがかかるのが音楽喫茶で、ジャズがかかるのはジャズ喫茶と呼んだらしい。

 エデンは残念ながら、すでになくなっており、ビルになっていた。

 目白通りを50メートルほど進むと、右手に、目白映画という映画館があったという。ここもマンションに建て代わっていた。

 さらにその奥へ入ったところにあったあけぼの湯という銭湯もなく、「区民ひろば富士見台」という集会場になっている。

 地図に載っている当時の建物はないのか。ということで、トキワ荘で街おこしを進めているとトキワ荘通り・協働プロジェクトの事務局長で、時計店「スエヒロ堂」店主の小出幹雄さんに聞くことにした。

 目白通りを進み、南長崎交番(通称二又交番。ここも改修されたが、昔の建物だそうだ)で右の通りに入るとニコニコ商店街。小出さんらの運動の成果で「トキワ荘通り」と呼ばれている。街灯のポールにも「トキワ荘通り」のフラッグが下がっている。

 まず、落合電話局。ここは1階の窓がふさがれたり、入り口にステンレス製のひさしがついたりしているが、当時の建物であるそうだ。ただ、入り口は閉まっており、電話局としては使われていない。

 近くには、当時重要な連絡手段だった公衆電話のボックスがあったそうだが残念ながらなくなっている。まあ当然といえば当然だが。

 その斜め前にある紫雲荘は、赤塚不二夫がトキワ荘だけでは手狭になったため借りたアパート。外観はきれいにされているが、建物にそのころの雰囲気が残っている。

 その向かい奥にある子育地蔵尊。脇の解説板によると、1710(宝永7)年、通行の安全を祈願して建てられたとある。元はもう少し南の目白通り沿いにあったが目白通りの拡幅に伴い、1938(昭和13)年に現在地に移転させたそうだ。

 そして、中華料理「松葉」。多くの漫画家がお世話になり、漫画にも取り上げられた店だ。ラーメンは今1杯480円。鶏ガラしょうゆ味のスープ、チャーシューとワカメというシンプルなものだが、懐かしい昭和の味といえそうだ。

 その前に「トキワ荘跡入り口」の立て看板がある。

 この路地の奧にあったトキワ荘は1952(昭和27)年に完成。53年に手塚治虫が入居して、東京での漫画家活動を始めた。

 その後、寺田ヒロオ、藤子不二雄、石森章太郎(石ノ森章太郎)、赤塚不二夫、水野英子、よこたとくおらが次々と入居。漫画家の梁山泊と呼ばれるようになった。偶然ではなく、それだけの人が切磋琢磨していたのだろうし、逆に低いレベルの人は入れなかったということだろう。

 建物は老朽化し、1982(昭和57)年に解体された。現在は出版会社の建物になっている。「関係者以外立ち入りお断り」との張り紙もあり、無法な来訪者に悩んでいるようだ。

 2年前、この先にある「南長崎花咲公園」に「トキワ荘のヒーローたち」という記念碑ができた。

 石碑の上にトキワ荘の模型があり、石碑にはトキワ荘の住人らの似顔絵とサインが入った金属板が張られている。

 残念なのは、それぞれの跡地に当時をしのばせる写真や説明板がないこと。小出さんによるとほとんど当時の写真がないそうだ。まあ、当時は珍しい風景でもないし、こんなに有名になるとも思っていないだろうしねえ。小出さんたちの今後の活動に期待しましょう。

 ただ、松葉の少し東にある、東京信用金庫椎名町支店に「トキワ荘の窓」というトキワ荘とその周辺の写真を集めたショーウインドーがある。そこで当時をしのんでみてください。

 なお、杉並アニメーションミュージアム(東京都杉並区上荻)では企画展「トキワ荘のヒーローたち」を開催中。ここでは思い出の品や作品、寺田ヒロオの部屋が再現されるなど、見て楽しめる構成になっている。2月20日まで。月曜休館。無料。(慶田久幸)


【関連記事】
漫画文化語るトキワ荘の特別展
「トキワ荘」で再び脚光 豊島区の子育地蔵尊7日に300年祭
手描きアニメの総決算「手塚治虫のブッダ」森下監督
シェー!浅野忠信、赤塚映画でセーラー服
手伸び〜る!大野「怪物くん」3D映画化
ソ連崩壊から20年 共産主義の“遺産”を抱え続ける現地は…
Posted at 04:13 in Card | WriteBacks (0) | Edit
WriteBacks
TrackBack ping me at
Post a comment

writeback message: Ready to post a comment.