Jul 07, 2009

勝者をたたえるトロフィー

トロフィーは、スポーツや各種競技大会で1位を獲得した人に贈られる優勝カップや画像の総称です。狩りでとれた鹿などのモクエソエルル詰めて壁に飾ることを外国のドラマなどで見かけますが、これらは狩猟のトロフィーと呼ばれます。トロフィーの起源は、戦争で敵から奪った兜と鎧を戦利品で飾った習慣から来ているそうです。
トロフィーは飾っておくと汚れがすぐに集まります。形が複雑なので汚れが、細かい部分に入り、かなりの管理が面倒。の中でハンディモップで掃除しています。普通のハンディモップで外側を。細かい部分は、静電気を利用してホコリを吸着させるタイプのもの。このタイプは、トロフィーの柱の間などの狭い部分に入るのでとても便利です。
 ◇民主、勝利にも高揚感なし
 「自民党が変わったということを訴えきれなかった」。参院選投開票の今年7月11日夜、がらんとした奈良市の選挙事務所で、自民新人、山田衆三氏(35)は涙を浮かべて敗戦の弁を述べた。全国的には民主が大敗、自民は堅調という結果となったが、奈良選挙区は民主現職の前川清成氏(48)が再選を果たした。
 山田氏は自民県連が初めて実施した公募で選ばれた候補者だった。民主党が昨夏の衆院選から掲げたマニフェストの目玉政策「子ども手当」について、山田氏は街頭演説で「子ども手当を増額する財源があれば、保育所整備などに回すべき」と繰り返し訴えた。
 現金か現物かの違いはあれ、「子育て支援の充実に財源を回すことは不可欠」という理念を両党が共有しているように思えた。選挙後の国会では少子化対策の議論が深まるかもしれないと期待した。
 一方で、山田氏が選挙期間中に繰り返した「民主党は自民党のまねばかり」という発言には違和感を覚えた。最も大切なのは政策を実現することなのに、「私が最初に提唱した」と主張するのは学者の論争のように映ったからだ。
 自民県連は、田野瀬良太郎会長が参院選敗北の責任を取る形で辞任した。しかし、敗因を分析し、政策実現に努力する姿は見られない。有権者は「生まれ変わった自民党」を実感できないままだ。
    ◇
 大敗した民主が全国29の1人区で勝利したのはわずか8選挙区。そのうちの一つが奈良だったが、高揚感は全くなかった。「この結果をどう受け止めればよいのか」。投開票から一夜明けた12日、民主県議の一人は困惑した様子で語った。
 民主県連は参院選後、来春の統一地方選での議席増を目指して動き出した。しかし、菅内閣の支持率低下とともに失速。知事選では独自候補擁立を断念し、県議選は21人擁立という目標達成は厳しい状況だ。
 「選挙で負けているのは政党」と、専門家は指摘する。民主、自民両党など既成政党の党勢が伸び悩む中、統一選では橋下徹・大阪府知事が代表を務める地域政党「大阪維新の会」の動きが注目を集めている。
 知事選で再選を目指す荒井正吾知事は、政党の推薦を受けない考えを明らかにした。自民党を離党し、みんなの党から県議選に出馬する現職県議もいる。既成政党の公認候補が統一選でどんな戦いをするのか、注目したい。【大久保昂】

12月23日朝刊

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 ◇民主から出馬、釈明に追われ
 07年7月の知事選で5選を拒まれた小寺弘之前知事は今年1月、民主党から参院選比例代表への出馬を決め、高崎市内のホテルで小沢一郎幹事長(当時)と記者会見に臨んだ。表舞台への登場は2年半ぶり。「地方の声を国政に反映したい。今の段階では民主党の政策が一番私にオーバーラップしている」
 民主党が最初に小寺氏に接近したのは、知事選落選直後の07年9月。角田義一元参院副議長ら労組系のグループが、次期衆院選で群馬1区からの出馬を打診した。しかし、小寺氏は首を縦に振らなかった。関係者の一人は「この時に立候補を決意していれば、当選していたかもしれない」と振り返る。
 小寺氏は政権交代が実現した09年の衆院選群馬1区で民主の宮崎岳志氏を支援した。小寺氏は公示前、岡田克也幹事長と会談して同党との距離を縮めており「政界復帰への地ならしでは」との観測が広がった。
 そして10年1月の出馬表明。小寺氏を古くから知る自民党関係者は「小寺さんは大澤正明知事に敗れても『まだ負けたわけじゃない』とライバル心を燃やしていた。周囲から『出るべきではない』との声も上がったが、振り切って出馬を決めた」と話す。
 この立候補には小寺氏の支持者から疑問の声も上がった。小寺氏は知事4期目まで自民党推薦で選挙を勝ち抜いてきた経緯がある。また民主党が中止を表明した八ッ場ダム問題では、知事として建設を推進してきたからだ。小寺氏は「政権交代の流れに乗ればいいという気持ちでは決してない」と釈明に追われた。
 7月11日の参院選投開票日。小寺氏の陣営は15万票を目標にしていたが約6万8000票にとどまり落選。知事選に続き、再び苦汁をなめる結果になった。心筋梗塞(こうそく)で倒れたのは、その8日後だった。
 「群馬のため、日本のため、新しい政治を築くため厳しい道とは知りながら、勇気を持って臨んだ選挙だった」。これが、参院選の敗戦の弁だった。【鳥井真平】

12月23日朝刊

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