Jun 01, 2011

ソーラーパネルの家でも簡単に節電

省電力省電力と騒がれている世界で注目されていますが、一つの太陽電池パネルがあります。技術の進歩によって、自宅でも簡単に設置でき、LEDライトなどの照明程度なら簡単に発電が可能です。大々的なソーラーパネルと、個人が少し大変ですが、簡単にインストールすることも十分に有用で、節電をしたいという人々考えてみるのも手です。
クリーンなエネルギーを生産することができる太陽光発電は本当に素晴らしいことですね。ソーラーパネルの技術が発展していくとすべてのエネルギー生産の主力も可能ですね。必ず、太陽光発電、より大衆的な世界はきれいでいい世界があるでしょう。それはとても良いことですが、きれいなのは素晴らしいですね。
 ミャンマー(ビルマ)の民主化運動家で元政治囚のトゥインリンアウンさん(39)が来日、横浜など全国各地で母国の現状や獄中体験を語る。尊厳のある社会がいかにかけがえのないものか、自由な意思で政治参加できることがどれほど幸せなことか―。母国の民主化を願い、困難と向き合ってきた言葉からは、そんなメッセージも伝わってくる。

 「このまま民主化運動を続けるか。迷ったことも確かにありました」。3メートル四方の独房。繰り返される拷問。食事を与えられず、睡眠も許されない。父親の死に立ち会う機会も奪われた。5年を超える獄中生活は、あまりに過酷で絶望的だった。

 それでも民主化運動を続ける原動力は、抑圧された環境で貧しさに苦しむ人々や、かつての自身と重なる政治囚の存在だ。「勇気をもらい、活動の源になっている」。誠実な人柄を感じさせる穏やかな語り口に力を込める。

 民主化運動に身を投じたのは1988年、大学1年生の時だった。軍部による一党独裁下、貧困にあえぐ人々を目の当たりにし「誤った政治が行われている」との思いが募り、大規模デモに参加した。以来、隣国タイへの逃亡と帰国、逮捕・投獄と釈放、軍事政権による監視を逃れての潜伏生活を経験。日本人カメラマンが射殺された2007年のデモにも参加し、現在はタイを拠点に活動する。

 ミャンマーでは今春の「民政移管」以来、政府と民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんの会談、メディアの検閲緩和、一部政治囚の釈放などが行われ、改革が進んでいるように見える。

 だが「法律などの保障がなく、政府の意向次第でいつでも後退してしまう。国際社会に正当性を認めさせるためのポーズなのではないか」。1800人という政治囚が今も投獄され、少数民族勢力への攻撃と人権侵害が激しさを増す現状などを踏まえ、こう指摘する。

 政府と民主化勢力による「真の対話」を望む。政府は両者の一致点をことさらにアピールするが、むしろ合意できていない点に正面から向き合い、議論を始めることの必要性を説く。実現に向けて日本にミャンマー政府への働き掛けを求め、在日ミャンマー人による活動にも期待を寄せる。

 「一生のうちには、人としてなすべきことが必ずある。それを実践できるかどうかで、その人の価値が決まる」。先人の言葉を引き合いに「政治を変え、問題を解決する。それが社会への私たちの責任、義務です」。民主化した母国を思い描き、走り続ける。 

 全国講演はアムネスティ・インターナショナル日本が開催。横浜では、3日午後1時10分から横浜市技能文化会館で。災害時の政府の無策ぶりを批判して投獄された人気コメディアンのザーガナーさんを追ったドキュメンタリー映画も上映される。資料代一般800円、学生500円。6日には都内でも講演・上映が行われる。問い合わせはアムネスティ電話03(3518)6777、ホームページhttp://www.amnesty.or.jp/

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 京都府城陽市久世の来迎(らいこう)寺にあり、市の「名木・古木」にも指定されたが約5年前に枯死したカヤの木が1日、2体の菩薩(ぼさつ)像となって寺に戻った。伐採した木から仏師がこしらえた。樹齢380年以上を誇り、寺の歴史と共に育った大木は、今度は仏となって地域を見守る。
 カヤの木は、江戸時代初期の1649年に寺が再興された時には、すでに幼木があったと伝えられる。高さ14メートル、幹回り3メートルの大木だったが、近年は木が弱り、ついには枯死。倒壊を避けるため2006年12月に伐採された。
 寺は「大木に宿った精を残したい」との思いから、三井寺(大津市)の仏師に菩薩像の制作を依頼した。仏師は木の幹を2年間乾燥させた後、製材にしてさらに1年間乾燥させるなど、約5年かけて観音菩薩と勢至菩薩を完成させた。
 1日には、笹田俊宏住職や檀家(だんか)が見守る中、90センチの菩薩像が本堂に安置された。笹田住職は「今年は法然上人の800年大遠忌。しかも法然上人一周忌の時に造られた阿弥陀(あみだ)さんの大きさは、偶然にも今回と同じ三尺(90センチ)。ご縁を感じます」と喜んでいる。
 カヤの木があった場所には、掘り起こした根株を土台にした納骨墓も完成した。菩薩像と合わせて3日に開眼法要が営まれる。

 丹後ちりめんの始祖・森田治良兵衛(1683〜1744年)をしのぶ慰霊祭が1日、京都府京丹後市峰山町の常立寺で営まれ、織物関係者ら約20人が産地復興への決意を新たにした。
 森田治良兵衛は、約290年前の享保年間に京都・西陣から秘伝の撚糸の技術を持ち帰り、丹後ちりめんの礎を築いたとされる。慰霊祭は森田翁顕彰会が命日の11月3日前後に毎年行っている。
 本堂で営まれた法要で、道家有己雄会長が「丹後の織物を取り巻く環境は厳しいが、何としても踏ん張り、完成品を提供する自立した産地づくりを進めなければならない」と述べた。法要後は、境内にある森田の墓前で手を合わせ、先人の遺徳をかみしめた。

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